☆ 思 考 記 帳 ☆

(大切な息子へ 父より)



  「行 動 科 学」 
   人が心の状態を表現する場合は、「言語を発する」「態度に出す」
   =すなわち何らかの行動に出る。
   このシステムを理解することで、自分および他人の心を読みとることが
   できるのである。

   まず、人は心の内を表現する前には必ず、何らかの行動をするので
   ある。その行動の反応で、表現する時期等TPOを判断し行動に出て
   いるのである。
   反応が予想と反する時は、行動を中止又は延期するのである。
   一つの物事には必ず前後のつながりがあり、前には、それを誘引する
   布石が存在する。
   後にはそれに伴い影響による何かが変化しているはずである。
   よって、作為を仕掛けた者からは「布石」が勝負であり、「影響」が
   成果である。

   その大小により次なる施策を考えるか中止か延期か追い討ちか。
   ちょっと話しが堅くなったが、このように人の心は行動する前には必ず
   何らかの表現があるものである。
   これらの仕組みを「科学的に」「論理的に」解明するものが
   「行動心理学」であり、実践し展開するものが「行動科学」と呼ばれる
   分野である。

   なぜ今、私がこれを伝えたいかは、「考える人間」として常に先を読み
   リーダーシップを身につけて、社会に必要な人間に成ってほしいからで
   ある。

   私がこの分野に挑戦したのは30代になってからで遅かったのである。
   それまでは持ち前の「勘」とフィーリングで、積み上げられた自分なりの
   研ぎ澄まされた「感性」が優れているとの「自負」から、人よりは優れた
   結果を一応は出せてはいた。
   しかし、これに気づいた時「フィーリングから科学出来る人間に成ろう」
   と思ったのである。

   それまでは、「キーン」と張り詰めた心が、それからは穏やかにゆとりを
   持つことが出来るようになり、今まで以上に大きなスケールで物事を
   把握出来るようになり、又、少々のことでは「恐れることも、
   びくつくことも」なくなったのである。

   では「行動科学」を何で学ぶかと言うと、教科書や解説書や等はない
   のである。あるとすればそれは事例であり、体験談である。
   すなわち世の中の事象全てが教科書であり研究テーマなのである。

   以前に物事を見る目を養うように言ったことがあるが、前述の
   「行動科学」の概念を理解し、ひたすらに、がむしゃらに、前向きに、
   積極的に実践し展開することそのものが学ぶと言うことなのである。

   これから世の中で活躍しようとする若者に、いろいろの苦い経験と
   苦痛を経て今日に至っている私からのメッセージである。

   心理学を勉強しようとすると書物は多くある。どれも分厚く専門用語で
   びっしりである。そのようなものはその専門家に任せて、行動を科学
   する目で分析して欲しい。
   その際前述のものに加えるものがある。それは人間の体の知識を
   持つことで、西洋医学はもちろん、東洋医学の分野の知識も必要だし
   気の知識や感情の読み取り方等いろんな分野も勉強してもらいたい。

   なぜならばわれわれは「生きている生身の人間であり、幸せを常に
   願う動物界の霊長類だから」なのである。
   「人あって人あり」人間も含め生き物万物全てに愛情をもてないよう
   では、人間の資格は無いと思うが、昨今は人の心を踏みにじり凶悪な
   事象が世の中に満ちてきている。

   だから巻き込まれないように自衛して欲しいし、どんな時にも家族を
   愛し、自分も含め大切にして欲しいと願う次第である。
   自分さえ良ければと言う人種が増えてきて、道路に穴があるのを、
   後からくる人に言ってやることなく平気な人間、ましてや穴を掘り、
   後からくるものを落とそうとするものまでのさばってきている。

   善人か、悪人か見分けることが難しくなっている、それは時にして
   善行を行うが、ある条件下では平気で悪行を行える、いわゆる
   二重人格者と言うか精神病患者の増大している世界だからである。

   でも忘れてほしくないのは、そう言う部類の者はほんのごくわすがに
   過ぎないと言うこと。大半の人が平凡で幸せを求めていると言うことを
   しかし文化レベルが低いと自分を他のものと比較し、劣等感や
   被害者意識をもって、常軌を逸する行動に出ても平気になってしまう
   のである。

   何時も大きな視点で物事を捉え、豊な感性を持ち、基本を身につけ、
   大きく羽ばたいてもらいたい。
   自分の心も安定をはかることは大事だが、他人の心も読み取り
   より良き方向へと導ける人間に成ってもらいたい。
   注:行動科学は昔営業戦略として活用されたことがある。
   消費者の購買心理を巧みに操り利益を獲得する手法である。
   扱い方一つ間違うと(悪用すると)それは目的達成のために手段を
   選ばず後の影響を省みないことになり、その時は良くても後で
   大きなダメージを受けることに成る。

   だから、科学する力が付いてくると、おのずと人の心が読めてくる。
   それを悪用し、汚い人間、えげつない人間と言われるようなことだけは
   して欲しくない。
   そんな綺麗事いってたんでは、生きていけないと言われるけれど、
   私はそれを貫いてきた。

   何時も損はするが、喜んでくれる人が大勢いる。人を陥れて
   自分だけが利益を得ても、それが本当に心安らかな人生だろうか。
   と言って、お人よしのおっちょこちょいでは、自分と自分の家族を
   守れない。
   生きていくのには非常に厳しい世の中、競争社会で勝ち抜く必要が
   ある。
   自分の努力と力量で勝ち抜けば良いではないか。人を引き摺り下ろ
   して得ても、次には自分が引きずり落とされることに成る。
   裏街道を歩くのではなく、堂々と表街道を凛々しく闊歩してもらいたい。


   「視点、論点、推考点」 

   つれづれなるままの雑記帖

 ◎ ビール瓶について、何処まで日頃観察できているか。

   おおよその形状は知られていても、瓶底の形状やラベルはどう
   言う工夫がされているか、しょっちゅう目にする物でも何気なく
   見過ごしてはいないか。

   生活の周囲には、科学して学び取る資料が満載、「なぜ」の意識で
   物事を観察する目を持っていれば、そう苦労せずにデーターは
   自分の脳に蓄積されるものである。

   物には、その道のプロが人生をかけて取り組んだ「ノウハウ」が
   積めこまれているのだ。そこから学び取ることをすれば、いちいち
   時間を作り机に向かったり、与えられたテーマばかりに考えこんだり
   しなくても、自分のデーターベースは充実してくる。
   データーベースが豊富ならば、後は横展開する応用力とプラス
   創造力があれば、どんな難解な問題テーマでもすんなり解決し
   対応ができる。

 ◎ 鉛筆の六角形はなぜか

   丸型は転げる。四角は持ちにくい。五角形は芯を貼り合わす
   生産工程で不具合。と言う様に理屈がある。

 ◎ 通勤電車のつり革

   毎日の電車の中で何を考えて時間を過ごすか。本当に頭を空っぽに
   してリラックスタイムにするのもよし。何か脳みそを働かすのもよし。
   でも前者のリラックスはそうしているつもりでも電車の中では完全に
   出来ない。では後者にするとして、仕事の続きは良くないと思う、
   ストレスの増幅に過ぎないから。

   では何か。まずつり革を観察することから始めようではないか。
   時代背景を映し出すようにつり革も変遷している。
   天井に目を移し、次いで吊り下げ広告。そして最も大切でデーターの
   宝庫である乗客の観察である。
   服装・装飾品・化粧等、生活者のサンプルが満載されているではないか
   じろじろ見ると変人と思われるので注意。
   要するに「漠然と見ている」から「疑問を持ち、答えをさがして見ている」
   に変更すべきだ。

 ◎ 先を予測する

   物事には歴史や経緯がある。現在から未来へ目を向け予測の思考を
   する場合、過去の経緯や方向付けが大きな影響を及ぼす。
   時には過去の既成事実の判断基準では「不可能」とか「無理」と言う
   結論を出しやすく、又凡そはその当たりで頓挫する。
   それを避けるには、現在の力量とこれからの可能性を見極め、
   「不可能」や「無理」と言われる原因を究明し、新たな挑戦すべき
   ターゲットを抽出し、それにちょっとしたアイデア(普通見落としがちな
   ちょっと横から見ると気づくもの)を付けると、○○△を達成するための
   「戦術」と「戦略」が立ち、トップがなるほどと思ってくれる企画書が
   出来るのである。
   但し、ターゲットはあまりかけ離れていては現実味がなく、
   近すぎると挑戦意欲が削がれるので、設定がキャリアを要する
   ところとなる。

 ◎ 実力はどうしたら付くか

   実力とは何か。ただ年月と多くの経験があれば得られるものか。
   いいや、各人が持ち合わせているデーター量と理解把握力と
   それらを新たに組合すことの出来る思考力と創造力の大きいことを
   言う。
   10年かかる人と1年でやれる人の違いは、やはり日頃の情報収集力
   と解析力そして、整理し整頓して脳みそに仕舞い込める力量にある。
   だから、ぼうっとして毎日過ごすので無く、気を抜く時と神経を立てる
   時を交互にうまく切り替え、前向きに進んでいれば、
   しらぬまに実力が身に付く。

 ◎ 一般の人が気づかないことを、先に言えるようになるには

   人は時として、井の中の蛙になりがちで、何時も世の中の動きに
   目を向けているわけには行かないものである。だからそこに自分を
   優位にするポイントがあるのである。
   ひとつの業界にいると、世界の凡そ縁のない分野の出来事は見逃し
   がちである。しかし人の生きている世界、原点は同じであるので
   必ず参考に出来ることは潜んでいるはずてある。それを洞察する力
   と、それを横展開し自分の業界の改革案に組み込めるかが、
   先を見ていることになる。

 ◎ ビジネスは信用が一番と言うが?

   信用という意味を取り違えていないか。プライベートでは信用は
   相手の言動に保証担保なしに信ずることだが、ビジネスでは「信用」
   は保証・担保etcは具体的に何で、期日は云々と…したものが
   「あるか」「ないか」で判断されるもの。
   では、ビジネスで信用が一番というのは何をさして言っているの
   だろうか。答えは簡単。自社に利益を与えてくれるかどうか、
   担当窓口の営業マンの言動に一つづつ裏打ちされた資料が
   ついているかである。

 ◎ 人を信用するについて

   全く損得なしの人間関係では相手を信用することはできるが、
   職場や仕事がらみではここ一番と言う時、信用を裏切られること
     がある。
   何故かというと、それは各自生活がかかった収入の場だから、
   自分に不利となると相手かまわず保身に回るのが常だから、
   十分に注意が必要。
   100人中100人が保身に回る。人を信用して仕事の決済をしたり、
   責任を持つとその人の分まで自分の責任として戻ってくる。
   一定の距離を置いて、自分も含めた俯瞰の視野に置かないと
   自滅することになる。そう言う職場で信用しているように振舞うには、
   全て計算された範囲で先に対する対応や企画を持ち合わせている
   ことが必用。マネジメント能力があるものがそう言う演出をできる。

 ◎ 自分を信用できる人と言わせるには

   まず、どんな難題でも対処出きること。口が硬いこと。人の悪口を
   言わないこと。頼られたり、助けを求められる人格があること。
   信念と先に対するビジョンを持っていること。
   お金の貸し借りの無いこと。

 ◎ 本当の無駄と必用な無駄

   よく無駄遣いはだめといわれるが、何が無駄でどれが無駄でない
   のか、良く考えてみないといけない。
   今その行為が即役立たなくても、将来何らかの役になる様に考えて
   行っている無駄は必用なものである。
   又精神的な骨休めのためのリラックスした無駄は、好きな趣味に
   没頭し我を忘れる一時と同じく。ストレス解消のためのもので必要
   なものだといえる。
   無駄を活用できることも能力の一つ。必用な無駄が多いほど、
   反対の有効な時間が生きてくる。
   物事時間を長くかければ良いとは限らず、濃度の濃い深く掘り下げた
   仕事は長時間持続出来るものではないからだ。
   短時間集中して仕事の骨組みをしっかり構築できれば、もう80%は
   完成したものと言える。
   そのような集中出来る思考を訓練するため、その合間に
   「ほっと一息入れる」必用な無駄があればよいのである。

 ◎ 思考力の差はどうして出てくるのか

   人体の脳みそには膨大に情報処理能力があるが、ほとんどの人間は
   使い切っていない出入り口で例えると、一歩入ればそこは宇宙のよう
   に膨大で、海のように広い脳みそであるのに、人により出入り口の
   大きさが違うのである。
   その出入り口の大きさがその人の思考力の差となっている。
   小さいドアより大きなドア、もっと大きなドアへまだもっと大きな飛行機
   を格納する建物のドアのように、大きなドアほど取りこめる情報量も
   多いため出せる情報も必然的に多くなるのである。
   ではドアを広げるにはどうすれば良いか。それはまず3歳までの
   幼児教育のあり方と自我を認識してからの学習体験の多さが決定
   付けるのである。
   学べは学ぶほど出入り口は広がり、思考力が大きくなるのである。
   すなわち学ぶと言うことは、この出入り口を広げることである。

 ◎ 人は何故作家になれるのか

   いろいろなデーターを元に、過去、現在、未来を創造し一人の人物を
   誕生さすことや実在した人物の生き様を画いてみたり、世の中の
   変遷を見てきたかのように推理し、表現出来るのは、人間が言葉を
   持っているからである。
   創造力や推理力は作家の感性により具現化される。しかしその原点は
   データーの質と量により成り立つ。
   ある意味では各人の人生も同じで、自分の人生を自分が主役で
   演出家で毎日の生活を送っている。
   その中で「言葉」の重みを常に感じていると思う。
   そこで、データーと言葉という2つの重要なものに、何時もどけだけ
   気を入れて使いこなし又使い分けているかが、その人の価値を決める
   のである。
   一つのデータを単発で使うか、同類を合せ傾向を示すか、相反する
   ものとの組合せにより違いを明確にするか等々。また「質」の違い
   での比較や幅をみることが出来る。
   これら全て、言葉として自分以外の人に伝達して効果が出るもの
   であり、結局の所、生きる人全て何らかの作家であり、その優劣は
   「言葉」の使い方の上手下手にあると言っても過言ではないと思う
   のである。
   監督兼主演の場合、その人はそうでない人より、より監督として、
   より主演として考えるに違いない。どうあるべきか、どうしょうかと
   考えるだろう。
   そして決定をくだすにはその人のもてる思考能力で最大のところに
   するだろう。それはその人が常々収集しているデーターの質と量に
   より左右されているのである。
   自分の人生を有意義に最大に生きて行くには、自分の脳みその
   引き出しに良質の物をより多く取りこんでいるかが勝負である。
   そしてもう一つ大切なものは、観客に満足してもらえるためには
   「選び抜かれた言葉」の使用が欠かせない。
   同じ事を表現するのにも単語はいろいろある。言葉の意味も深く知って
   いなければならない。何も努力しなくてもそれなりの作家にはなれる。
   しかし一度しかない人生、深みのあるゆったりとした無限のひろがり
   のある小説の主人公になりたいものだ。
 
 
   「もし世界が100人の村だったら 」

   もし現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで 全世界を100人の
   村に縮小するとどうなるでしょう

   その村には…

   57人のアジア人 21人のヨーロッパ人 14人の南北アメリカ人
   8人のアフリカ人がいます

   52人が女性で 48人が男性です

   70人が有色人種で 30人が白人

   70人がキリスト教以外の人たちで 30人がキリスト教

   89人が異性愛者で 11人が同性愛者

   6人が全世界の富の59%を所有し その6人ともがアメリカ国籍

   80人は標準以下の居住環境に住み 70人は文字が読めません
   50人は栄養失調に苦しみ
   1人が瀕死の状態にあり 1人は今生まれようとしています

   1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け そして1人だけが
   コンピューターを所有しています

   もしこのように縮小された全体図から 私達の世界を見るなら
   相手をあるがままに 受け容れること 自分と違う人を理解すること
   そしてそう言う事実を知るための教育がいかに必要かは
   火を見るより明らかです

   また次のような視点からもじっくり考えて見ましょう
   もしあなたが今朝目が覚めた時 病気でなく健康だなと感じることが
   出来たなら…あなたは今週生き残る事のできないであろう100万人
   の人たちより 恵まれています

   もしあなたが戦いの危険や投獄される孤独や獄門の苦悩
   あるいは飢えの悲痛を 一度も経験したことがないのなら…
   あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています

   もしあなたがしつこく苦しめられることや逮捕拷問
   または死の恐怖を感じることなしに、教会のミサに行くことが
   出来るなら…
   あなたは世界の30億人の人たちより恵まれています

   もし冷蔵庫に食料があり着る服があり 頭の上に屋根があり
   寝る場所があるなら…
   あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています

   もし銀行に預金がありお財布にお金があり
   家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら…
   あなたはこの世界の中で最も裕福な上位8%のうちの一人です

   もしあなたの両親がともに健在で そして二人がまだ一緒なら
   …それはとても稀れ なことです

   もしこのメッセ−ジを読む事ができるなら あなたはこの瞬間2倍の
   祝福を受けるでしょう
   何故ならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて
   その上あなた は全く文字の読めない世界中の20億の人々より
   ずっと恵まれているからです

   昔の人がこう言いました 我が身から出るものはいずれ
   我が身に戻り来ると

   お金に執着することなく喜んで働きましょう
   かって一度も傷ついたことがないかのごとく 人を愛しましょう
   誰も見ていないかのごとく自由に踊りましょう
   誰も聞いてないかのごとくのびやかに歌いましょう
   あたかもここが地上の天国であるかのように 生きていきましょう

   このメッセ−ジを人に伝えて下さい そしてその人の一日を
   照らしてください

※作:Donella H Meadows(K.Leipoldという説もあり 正確には不明)

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