《ぶらり旅》
島田帯祭り の旅
今回のぶらり旅は、静岡県島田市にお住まいの方のお世話で、日本三大奇祭
の一つ 「島田帯祭り」 を見学して、その後お食事をとの事で、関東・関西から
メンバーが集まり、島田オフ会が挙行されました。 .
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新幹線から見た大井川。 ひろ〜い!川幅が1km位ある?今は水が少ない
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島田駅に着くと、お祭り一色!沿線の駅にはポスターが貼られていたが
ここにきて更にテンションUPしている。改札口で駅員さんがハンドメガで
誘導している。と言うのも3年に1度の大祭なのだ。 .
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お祭りの行列が2時ごろに、島田駅に差し掛かると言うので、みんなは早めに
着いて、島田の町を観光しよう と言う事になり、午前中は蓬莱橋観光となった
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大井川に架かる、世界一長い木造歩道橋で、現在は観光用に開放されている
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長さ 897.422m、幅 2.7mで実際橋の上に立つと、そのすごさが分かる
歩いてみたが、行けども行けども、向こう岸に着かない。 .
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画面に人が入ると、大きさが分かる。欄干は腰がかけられる高さだ
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橋の上から、上流と下流を眺めると、水量は少ないが雄大な景色が目に入る
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橋の真ん中ほどから、振り返ると一直線の橋は遠景のお山に繋がっているよう
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これだけの橋を支えるだけあって、太い橋桁だ。橋の袂に「大井川河口より
拾弐粁四百米」と刻まれた石碑がある。 .
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料金所がある、大人往復100円。傍にギネスブックに登録された記念に
認定書の写しの石彫が設置してある。 .
蓬莱橋を後に市役所前に戻る事にした。道路のマンホールの蓋には
「大井川の蓮台越え」や「帯祭り」のイラストが刻み込まれている。 .
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何とか二時にたどり着いた、待つ事半時間、やっと先頭が見えてきた
と言うのは、この大名行列だけで最後尾は、2時間後にここを通過した
から、ものすごく長い行列なのである。歩くテンポが違うため、時間差が
生じるからである。後で分かったが、良くこれだけの行列を掌握できるも
のだと感心した。詳細は下記のURLを参照してください。 .
ここを クリックすると「島田大祭・帯祭」にリンクします
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行列一覧「元禄大絵巻」のイラストで見ると、最初は大名行列で、その中ほどに
帯祭りを代表する「大奴」の列があり、続いての集団は「猿太彦」や「お神輿」の
神官の行列、そして「鹿島踊り」の集団、最後は「長唄の踊り屋台」の集団と、超
長い行列が各街中を練り歩くのである。 .
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行列の先頭は「御先駆」と呼ばれ「島田の帯祭」の幟で始まる、その後を
拍子木を打ちながら「シターニー」と「お先触」が来る。女児の可愛い「赤
鉄砲」の行列、男児の「御徒士」・お殿様etcと続き、「大奴」の行列が続く
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総勢25人の大奴、ご覧のいでたちでやってくる。ここである事に気づく
このお祭り、鐘や太鼓のお囃子が無い、只静々と「静」の行列なのだ
「動」のものもある、「挟箱」や「立傘」「台傘」・「大鳥毛」の集団は、大き
な掛け声と動きで、威勢のいい若者がやってくる。とにかく奇祭である
言葉で伝えようと思っても、原稿 何十ページを費やしても無理と思う
今までにお目にかかった事のない、行列に出ている方、世話方、沿道
の観客が一帯となって、全員参加型のお祭りなのだ。 .
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しんがりを勤める蜻蛉奴の方が、地元のカメラマンの要請で、こちらを向いて
演技?をして頂いた。右手の上げ方、歩き方・・・すべて厳格に受け継がれて
いて、最初は異様に見えたが、なかなか素晴らしい堂々としたものだと気づく
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水の神、土の神、太陽の神の三女神を祀る大井神社。お祭りの雰囲気が
これで納得できた。この大祭は3年に一度10月の15日直前の日曜日に
元禄八年から始まった。大祭は大井神社から、始めて祀られた下島に渡
御する、お里帰りのお祭りである。写真は土曜日の行列で神社へ参拝に
先頭がやって来たところ。 .
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境内には、お店がギィッシリ立ち並び、沿道の商家の店先には振舞い酒
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今夜のオフ会々場の「百姓屋」さん、大きな茅葺の合掌造りの建物
お庭の木々もどっしりと、ふるさとの香りが息づいている、そんな所
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玄関を入ると、二階への階段が、実際は薄暗くしてある。土間を抜けると
水車小屋、実は厠、風情があります(当然水洗です) .
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ここは、囲炉裏端もあるんですが、2階の座敷へ。茅葺屋根の屋根裏が
目に飛び込みます。長年の歳月で煤けた丸太が光ってます。茅の淡い
こげ茶と、黒光りの丸太と、荒縄の見事な調和に感嘆!吊るされた裸電
球が風情を一層醸し出しています。 .
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最初に出ていたもの、この後、いろいろ沢山の品数!どれも個性を
引き出して素晴らしいお味でした。最後に釜飯までついて、お安い
幹事さんのお顔か?お酒もたっぷり頂いて、ウ〜〜〜ン安す過ぎ
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夕食後、お祭りの夜の部のハイライト!屋台の長唄と奉納踊り(上踊り)
を見学に、各街区の交差点の真ん中に屋台があって、周囲は人・人・人
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長唄も人間国宝の杵屋一問、一流の長唄三味線にのって、地元の
選ばれた、五歳から十歳ぐらいの男女児が、これまた一流の芸人を
招いて稽古をつけているから、まあお見事!冴えている! .
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演目は「操三番曳」五歳の男児が、華やかに舞う!素晴らしい
レベルの高さも、島田のご自慢。伝統に培われて、驚愕!感動
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「連獅子」大人化おまけの舞いに、しばし呆然と見入りました
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翌朝、昨日参拝を済ませて、お札をもらった行列は、7時半にお宮の門を
出て来ました。すでに沿道には人が一杯です。昨夜は夜中まで賑やかで
した。島田の皆さんの意気込みと、タフさに驚きを隠せません。大奴の木
太刀の先に「安産祈願」のお札が吊るされてます。 .
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「御神輿渡御」、女神様の里帰りの行列。「猿太彦」が高下駄を履い
て、ゆっくりと進む。御神輿も女神様ゆえ、揺らさずに静かに進む。.
ここで少し島田の人々の、お祭りへのかかわり方をみると。行列の中
の人・ロープを張る人・床机を持つ人。紋付袴で杓仗を持って警戒す
る人・それぞれの行列をサポートする人・島田提灯を持って駆け抜け
る伝令の人・統括する長と補佐役の取締役etcの人・人・人等、街毎
に組織され、そして沿道で拍手をする人・人、街ぐるみで全員参加の
お祭りなのである。これは本当に驚き!であった。でないと、これだけ
の大きなお祭りは、実施出来ないだろう。だから警察官がいないのだ
それには、また驚き!3日間すべて街衆で運営する、お見事! .
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屋台の傍には、街毎に色分けされた半纏を、若集が粋に着て
出番を待っている。 .
「半纏」の種類は、第1街から第7街までと元宮と新組の9の
「青年」と「中老」で計18種類になる。 .
お祭りと分かれて、「大井川・川越遺跡」を見に行った。途中道端に道標
「夢舞台東海道」マーク石柱に、「島田宿」の文字が、大奴のイラスト入り
で。遺跡への道路からの入り口に大きな幟?「黄鶴一聲天地秋」の文字
この先が大井川に通じる、川越遺跡の佇まい、悠久の歳月を経て
ひっそりと、かつ穏やかに 在る姿は、迎えられる者にとって安らぐ
♪「箱根〜〜〜八里〜〜〜は、馬でも〜越すが〜〜〜、越〜すに越され〜ぬ
大井が〜アァわ〜〜〜」と歌われた、当時の難所。 .
少し解説を入れます。川越しは肩車や蓮台で、川越人足によって行われてい
ました。川札を買うのですが、水深により値段が違いました。 「脇通」(水深が
脇の高さ)を越すと、川止めになりました。最長記録は28日であったと言われ
ています。島田宿は川止めにより、賑わい発展しました。 .
一番宿から十番宿まであり、仲間の宿や立会宿、札場などの他に
酒屋、荷縄屋、蕎麦屋もありました。 .
茶店と川会所(料金をきめたり、川札を販売した)
上のイラストにある、島田市博物館分館と昭和29年まで使われていた
仲間の井戸が残されている。分館の民族資料館には、年代者の骨董品
が所狭しと陳列してある。海野光弘版画記念館も、素晴らしい作品が一杯
博物館本館は、大井川、島田宿、川越しの常設展示室があり、特別展示室
には、今回の帯祭りの詳しい展示がなされていた。このスケールと多彩な祭
の全貌を把握でき、今更に素晴らしいお祭りを見られた感動が、込上げました
当時のままの、「せぎ跡」が保存されています。石の表面が磨り減っていて
当時の人の行き来が偲ばれます。 .
せぎ跡の先は、護岸堤防が出来、そこに道路が走っているので、当時の
様子は、うかがい知れません。旅人や人足のざわめきが聞こえてきそう
です。しばし立ち止まり、遠景に心を向けていると、この道は夢の世界へ
続いているように思えてきます。 .
今回の「ぶらり旅」は、今までとは変わったスタンスで、触れ合う事が出来
見聞を、大いに広げる事が出来ました。島田オフ会が無ければ、知り得な
かった事が多く、この企画をしていただいた幹事さんに心から感謝!して
お世話になった、皆様に厚くお礼を申し上げます。 .
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