《ぶらり旅》

☆ パムッカレ・エフェソス旅行編 ☆

トルコ有数の温泉保養地、暖かいパムッカレ・エフェソスへ


トルコ紙幣の裏に印刷されている、エフェソス遺跡

**********************************

それでは、「ぶらり旅」第四部のぺージをめくりましょう!


ホワイトハウスのようなホテルを後にして、次の訪問先、バムッカレヘ
今日で8日目、お天気に恵まれ、晴れ男・晴れ女の記録更新中、車窓
からは、360度広々としたパノラマが・・・お見せ出来ないのが残念 .



トイレ休憩に立ち寄ったドライブイン、ハイウエーは時々乗用車が走る
だけ、トラックと観光バスだけ、ここは観光バスばかり?日本人は必ず
お買い物するんですよね!私もだけど、そこにしかないものがあるから
ここはユーロー表示、どの売店のレジも一緒、計算機がレジに置いてあり
もちろん日本製、現地では高いが精巧!それで値段交渉?ポンポンポン



昼食は「肉団子」キョフテが、ここのおすすめとか、見た目よりグー!だ
レンズ豆のスープも食べられた、始めてデザートで甘さ控えめのチョコ
レートケーキ・・・普段は食べないが、少し食べました。久しぶりに、満足
のいくランチでした                               .



ネクロポリスの観光、ここは日本的に言えば 墓地、石組みされた
巨大な石棺が無数に!地震や風雪と時の経過で自然崩壊様式も
3タイプほどあり、当時の時代の推移をうかがわせる       .



門の向こうはヒエラポリスが広大な場所に展開する



門の入り口を入ると、小さい教会・大きなトイレお店が連なる
旅を続けてきた隊商は、まずトイレ、我々と同じである   .



丘の上まで延々と、右も左にも広大に広がる、当時の繁栄振りは
想象以上に、賑わっただろうと、らくだの隊商が歩いている光景が
目の中でダブって・・・美しい空とおいしい空気にふれ、堪能! .



次ぎの観光地は、見事な造形美を誇らしげに歌い上げる、石灰棚です



遠くからでも、山一つ真っ白に見えるところが、この石灰棚



温泉が地中から湧き出し、含有成分の石灰が凝着して出来たもの
鍾乳洞の地表版、と言うところか、裸足になってジャブジャブ歩くと
足裏にごつごつと、すべすべを感じる、噴出口付近は30度ぐらい



パムッカレのホテルに着いて、まず温泉プールに、ホ!ホホホ



夕食は、野菜をたっぷり、果物もたっぷり、ここにお造りがあれば、普段の
食事になるんだが、もう少し我慢!食事が合わないと言っても、ホテルの
朝・夕食は全てビュッフェスタイル、私には幸いな事であったが、ランチは
地方色を出したものゆえ、皆さん受けは良かったようだが、私には ブー
ブーでした、でも食べる量が、現役時代より半分に減ってるので、ちょうど
良かったのかな、最後の日まで、腹六分目の食事だったので、お腹も壊さ
ず元気!                                      .



エフェソス観光に!途中地熱発電所がいくつか、トルコには
予定はあるが、現時点では原発は無い、豊富な石炭資源も
あってか、火力発電も多い、各家庭も、石炭ストーブが主力
トルコ国内の各家には、煙突がついていて煙が立ち登ってる



途中、皮製品のお店に立ち寄る、最初にファッションショウを見て店内に
子羊の毛皮がいいと言うので、ヨーロッパに輸出するまでに、なったとか
もちろん家内はお気に入りをゲット!私のお小遣いカードで引き落とし!
家内には日頃感謝してますので、チョット、ええかっこしました      .



昼食は、串にさしたキャバブ、焼いてるところを見に行きましたが
なるほど、これなら大量に焼けます、中まで火が通るので安心!



エフェソス遺跡に向う途中、らくだのお祭りで綺麗に着飾ったらくださんが
たくさん列をして歩いてました、また、象さんの行列もありました     .



エフェソス遺跡に到着です、観光地はどこも切符がカードで
ゲートで機械に差し込むと、OKのランプがついて、カードを
抜いて入ります、トルコ語で機械は話しますが、分かりません
山の上まで、延々と遺跡群が続きます             .



規模が小さいものは、音楽堂で会議等がされたところで、隣接して
市庁舎跡があります、中央写真のトンネルは端っこにあり、登ると
右の写真の、出口に行きます、画面、左の上にある穴がそうです
会議中に舞台前をうろうろしないため、後ろから出入りのためとか



この遺跡は港から坂道を登る構成ですので、歩くところは階段と
なだらかな びっしり石畳が敷かれた坂道です          .



この門は、外敵の侵入を防ぐため、狭く作ってあるのです
トロイの木馬で攻めたという、お話しは実際通れないので
作り話と思われるとの解説でした、ここも大半が倒れてます



修復はあまりされてません、原状回復は困難なので、展示場的
感覚で、遺跡の部品が積み上げられてます           .



この遺跡も、当時はすごく素晴らしいものだったと思われます
イメージを損なわないように、一部現状復元 補修されてます



良く写真で見かける、ケルスス図書館遺跡です、中に入ると右の写真
120万冊の蔵書を誇ったと言う館内、書物はもう無いですが、湿気を
取るための空気抜き口があります、当時は保存に気を使っていました



建物には、4人の女神様がおられます、説明はあったんですが
覚えてません、近くで見るとお二人は清楚で高潔な美人でした
>

左は公衆トイレ、腰をかける床下は側溝で、水が流れています
足元の前の側溝にも、水が流れていたとか、清潔ですね、でも
お尻がスースー寒そうです、右写真、道路の傍に人の顔や足跡
鳥etcが彫られてます、「この先に遊郭があるよ」 と書いてある



巨大な円形競技場、数万人収容でき、現代もフェスティバルが毎年
開催されている、前の道路は、真っ直ぐ 港に通じているが、2世紀
以降、土砂が港を埋め尽くし、港は対岸の山の麓に移ったため交通
が不便になり、次第に衰退していったとか、時の流れを感じる   .



柱の間の出口から、ライオン等がでてきただろうと、思われる所は
地盤沈下で、柱の上部が見えているにすぎない          .



観光を終え、山道から都心の イズミールのホテルへ、マンション郡が
建ち連なる、郡部は極端に人が住んでないのに、この光景!エーゲ海
が見えてきた、ヨーロッパが近づいてきたということです、地中海やエー
ゲ海の保養地は、ドイツ人やロシア人で賑わう              .


トルコ旅行目次に戻る 

「思い出の旅目次へ」