《ぶらり旅》

☆ 敦煌の旅その1 ☆



ウルムチのホテルを8時半に出発、9時50分の便に乗れた。現地の
旅行者の努力は一応評価しておこう。なんとかお昼前には、敦煌に
着けそうである。何があるか分からないのが中国だ、予定では朝か
ら敦煌のホテルを出て、観光の予定が半日フイになったのであるが
こういう事も計算に入れて、初めからこの日は、時間の余裕をとって
スケジュールが組んであるとの説明!?どこかが間違ってる?  



敦煌空港に着いた、飛行機の後方の景色は、だだっ広い砂漠だけ
やはり暑い、と言うより「ジリジリ」と肌を刺す太陽が歓迎してくれた



空港の建屋の上の「敦煌」の文字を見て、今までのごたごたが吹き飛んだ
砂の地平線が遥か彼方にのびる、ゴビ砂漠に来たと実感した。      



空港正面に出ると、前方の緑が目に飛び込んできた、不思議なもので
飛行機の窓からの景色は、砂・砂・砂だったから、ほっとする。    



空港の地理的位置は、オアシスの外れの砂漠の入り口のようだ、道路の
両側は、雨が年間30mmしか降らないため、乾燥に強い植物、綿・葡萄・
とうもろこし・なしなどが植えてある。5月〜10月までが観光できる期間で
1月はマイナス20℃にもなるという、温度変化がすごい地域だ。     



市内の中心街のロータリー、花壇が作られており、街中は清潔に
管理されている。街中の一角に「飛天迎賓」と書かれた門の奥は
歩行者天国のようで、露店が連なって、道路中央にはテーブルも
置かれている。「女性のファッション」も足が長いので、ジーンズや
ハイヒールもよく似合う。内陸部の奥地でも北京と変わりがない



食事を写真に撮った、今回の旅行はだいたいこのようなものが主だ
ベジタブル・健康志向の方には良いかも。この店では8品にスープが
2品・それにご飯と麺に蒸しパン。味付けは日本人に合わせて、薄味
で、辛くない、私には好都合だった。ご飯や麺はこれらのおかずを載
せて、スープをかける等好みで頂く!ちなみに1品ごとの菜箸はなく
取り皿も1枚が普通、言わないと替皿を持ってこない、ここは中国だ



ホテルは「敦煌太陽大酒店」この地では、大きいホテルだ



お腹が膨れたら、いよいよ莫高窟観光だ、市中を過ぎると道路の両側は
畑が続く。敦煌のゲートにさしかかった。建物も城門風だ。        



料金所ゲートをくぐると、途端に砂漠が延々と続く!青い空に白い雲
後は砂・砂・砂。手前の砂地に溝のようなもの!これは料金所を通ら
ずに進入する車を締め出す対策とか?                



ラクダが食べると言う、棘のある草が出現して来た、オアシスは近い
右写真のボコボコの砂の窪みも進入防止?道路の左は三危山、右は
鳴沙山の山脈が延々と連なる。そして雪を抱いたキレン山の雪解け水
が地下水脈を作り、オアシスを潤す。地球温暖化が心配になってきた



鳴沙山の東の端辺りに位置する所、莫高窟が山すその断崖の所に
見えてきた。366年にこの地を訪れた僧が、反対側にある三危山に
仏像の姿を見て、ここに作り始めたとか?以後1000年もの間造営が
続けられ、全部合わせると735窟あると言う。手前は水のない川で
大泉河と言い川巾が広い。表面が湿って見えるのは、地下水脈が
あると言う事で、大量の水が流れる時期もある。          



莫高窟1961年3月4日に「全国重点文物」として指定交付したとある
漢詩に強い方は右写真の解説をお読み下さい。            



駐車場から正面玄関までの道には、高僧の供養搭が並ぶ。日差しが
きついので、日傘や帽子必需品だ。石碑のある所が入り口。     



大泉河に掛けられた橋の向こうに入り口がある。橋の中ほどから川を見る



橋を渡ったところから右手を望む、先ほど見た石窟が続く。右端の建物
は駐車場の傍にある関連施設か?他にはなにもないが砂だけの世界




左手の川越えを見渡すと三危山が見える



橋を渡ると「石室寶蔵」と書かれた山門がある。昔はなかったそうだ



ガイドマップが大理石に書かれている。ここをじっくり見ようと思ったら
何ヶ月かかることか!でも公開は一部しかしてなく、一般窟と特別窟
に分かれていて、特別窟はそれぞれ別料金が必要。3000円ほど掛か
るから、すぐに1万円は越す、中国の商魂はすさまじい!でも高い安い
は鑑賞する人の価値観で、それなりの見る価値はあると思う。    



山門から真っ直ぐに伸びた道の先に、また門が見える、このあたりまで
歩いてくると、さすが暑さに参ってしまう。でも木蔭に入ると涼しい。  



莫高窟と書かれたゲートがある。ゲートの向こうは鉄柵でガードされている
ここでここの研究員の方が案内すると言って、出迎えてくれた。写真撮影は
出来ないので、記念写真のバックとしての場所が用意してあると言うことだ



柵の中は撮影禁止区域、こちらの道から概観を撮るだけ。渡り廊下
のように手すりが設けられ整備されたのは後の時代。三階の屋根の
庇部分は当時のままとか。窟の扉の前部分は後のコンクリ修復部分



左写真の大木はニレの木で太鼓に適したものとか、右写真は白樺林が
木蔭を作りベンチも置かれて、一時の涼を呼んでくれる。        



九層楼の建物は、96窟で弥勒大仏様がおられる。高さは34.5mで
世界第二位の大きさ。則天武后が権威の象徴として建立したもので
入り口から入って見上げると、その巨大さに圧巻される。後に修復
されているが、手の指や顔立ちの線は素晴らしいものだ。この後は
柵の中に入って窟を観光するため、カメラやバッグは預けて入場だ

写真がないので、少し説明を足しておく。130窟には唐の時代のまま
の姿を残している、29mの大仏様がおられる。148窟には涅槃仏が
あり、壁面の絵画は素晴らしい。美人窟として有名な57窟は、よく書
物に出ているので見たことのある人が、多いと思うが現物は素敵で
お土産物のタペストリー等に描かれて売られている。超高価な値段
がついているので、ちょっと手が出ないというか、何んでこんなにす
るのと言う感じだ。中国の物価からして、中国人の観光客はまず買
わないと思う。その他塑像が素晴らしい45窟等、やはり美の宝庫で
あることは間違いない。解説してくれる研究員の方が、一つずつ扉
の鍵を開け閉めして、ツアー客の顔ぶれを見て、案内する窟を決め
る様で、まず時間を聞いて、その時間内で案内をしてくれる。その後
柵外にある売店で、カタログを勧めることも忘れなく、商魂たくましい



莫高窟を後にして、昼食をとりに街に戻る。オアシスを離れると
また砂漠が続く。車のなかった時代、人々のパワーに驚く。  



市街地に近づいた郊外には、レンガ工場が露天に出来あがったレンガを
積み上げている。住居の屋根は簡単な造り、雨がないからかな!   



市内にある「食為天大酒店」で「敦煌料理」の昼食、ここも歩道が広く
自転車道・並木・その向こうに車道と大変な幅広の通りだ。     



食事を終えて出てきたら、歩道には、もう青空レストランが設営されている



空車のトラックが停まっていた、これは程度のいい車だ。積載超過を
するには理由があるとか、検問で引っかかると罰金を取られる、その
為余分に積んでいかないと儲けが無くなるからだと?よくわからない
説明だ。車道はセンターラインだけで、分離帯は無い、歩道が無いか
ら、歩行者が横断するのは大変だ!車道の端は駐車スペース?バス
の横を自転車が通る?なぜ自転車道を通らないのか?この国は??



鳴沙山・月牙泉に着いた。この建物も近年造られた。西域の開発区域
として、国家指導だから建物の1つや2つあっという間に建つ。正面の
銘碑に中華人民共和国建設部 1995年8月20日建立とある。    



門を入ると、正面に「鳴沙山」と彫られた大きな石が横たわり、180度砂山!
東西40km・南北20kmに広がる砂漠。右手には多くの駱駝が客待ちしている
砂が舞っている、すごい。メガネとマスクなしではいられない、とにかく細かい
砂粒だ。                                        



ポケットに入れていた、ビニール袋にカメラを入れて撮影、そのため画像が
もやってるが、実際もすごい! 以前デジカメのズーム部分に砂粒がはいり
撮影出来なかったことがあって、今回は予備のカメラも持参、でもこんな状況
では、砂嵐が収まるまで撮影しないほうが良い、体で感じるのは素晴らしい



おばさんが、頭からすっぽり布を巻き、5頭のふたこぶ駱駝をロープで繋げて
引っ張って行く。駱駝のお腹のところに番号が書いてあり、チケットの番号と
合わせてある。私の番号は先頭の駱駝であった、膝を曲げて座っている駱駝
に乗るのは簡単だけど、起き上がる時前にのけぞって、次に後ろにのけぞる
前の人のを見ておけば要領がわかるが、先頭ではぶっつけだ、動いている間
は、ふたこぶなので前後にずれ落ちることは無い、両足で駱駝のお腹を押させ
ていたら両手を離しても大丈夫、その姿勢で撮影をしたが、動いているので画面
が水平に撮れない。10分ぐらいで、ため池のあるオアシスに着いた、そこで降り
て、後は徒歩で月牙泉に向かう、多くの駱駝が帰り客を待っている。それから降
りる時のほうが注意! ガクッと前に倒れるので掴んでないと前に放り出される



地下からポンプUPした溜池の傍の道を歩くと、目の前に砂山がいくつも
迫ってきた。写真はUPしてないが、砂山のテッペンまで歩いて登れる。
傾斜がきつく、足がめり込むため非常に疲れる。下りは半ばから「轌」に
乗って降りられる。時間があれば1日遊べる所だ。私たちはフライトで時間
をロスしているので見学だけ。砂嵐がすごいので、茅葺の日よけ休憩所?
で1次待機、ビニール袋越しに撮影した。砂山は刻々と変化すると言う。



砂嵐が収まったので、楼閣の横にある月牙泉を見に行った。この楼閣は
文革で壊されたが、再建されたもの。木が枝葉を丸くして斜めに生えてる



右側に三日月型の泉が「月牙泉」だ。1000年もの間枯れることなく湛えて来た
水も・・・地球温暖化の影響がひしひしと忍び寄っている。           



この砂は非常に細かく、五色の砂(赤・黒・白・黄・緑)と言われ写真で
拡大したもをUPしたので、色が分かると思う。             



観光地だから、飲み物や食べ物が売られている。外国人はミネラルウオーター
を買うので売られているが、気をつけないと水道?の水が詰められたものが・・



楼閣は「月泉閣」と言う。登小平時代の改革開放政策で蘇ったものだ
「山泉輝映」の書、本場中国の大家のものだけあって、素晴らしい。



お寺を通り抜けて、裏側からみた月牙泉、きれいな水がまばゆい



またまた、ハプニング!ガイドさんも添乗員さんも始めての経験と言う
雨が降ってきた。売店は日除けはあるが、雨は想定して無いから日傘
やビーチパラソルを慌てて広げて雨宿り。私たちより先に駱駝に乗って
戻った人達は、途中で雨に会い全身ぐしょぬれ。二度あることは三度と
はよく言ったもの。次は何が起こるだろうと、雨宿りの中話題ひとしきり



めったに撮れないと言うことで、記念にパチリ!屋根から滴り落ちる水滴
と、砂漠の色が変わったところが見えますかね!電動カートも乗り切れず
徒歩で戻ることに、雨に打たれてでも駱駝のほうが「楽だ」ったかも!入口
は雨水が溜まってぬかるみ。散水の手間が省けたかな?         


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